「卒業論文や修士論文で研究した内容が、就職してから直接役に立つことなんて、ほとんどないのではないか。それなら、もっと仕事ですぐ使える技術を教えてほしい」
そう思う学生さんは少なくないでしょう。その疑問はもっともです。卒論や修論で扱ったテーマそのものを、就職後もそのまま研究する人は一部です。研究で証明した定理や実験したアルゴリズムを、会社で直接使う機会はないかもしれません。
それでも、卒論や修論に取り組むことには大きな意味があります。卒論・修論は、特定の知識を身につけるためだけのものではありません。大きくいえば、次の二つの力を身につけるための実地訓練です。
- 答えのわからない問いに、どう取り組むか
- 得られた成果を、第三者にどう伝えるか
これらは研究者だけに必要な特殊技能ではなく、就職してから仕事を進めるうえでも重要な力です。
授業と研究では、ゲームのルールが違う
研究室に配属されるまで、大学での学びの中心は講義です。決まった時間に授業を受け、教科書や講義資料で勉強し、試験やレポートをこなし、基準を満たせば単位を得ます。難しい課題であっても、多くの場合は出題者が答えを知っています。何をいつまでにすればよいかも、あらかじめ示されています。
研究は、それとはかなり違います。
研究では、そもそも答えがあるのかもわからない問いを立てます。必要な知識を自分で調べ、どうすれば解けるかを考え、実際に試します。うまくいかなければ原因を探し、別の方法を試します。途中で、最初の問いが大きすぎた、すでに誰かが解いていた、あるいは問いの立て方そのものが適切でなかったとわかることもあります。その場合には、問いそのものを修正しなければなりません。
つまり研究とは、単に「与えられた問題の正解を出す」活動ではありません。何を問題にするのか、何を勉強するのか、次に何を試すのかまで含めて考える活動です。
この違いがあるため、3年次までの講義をきちんとこなしてきた学生でも、4年次から研究を始めると戸惑うことがあります。それは当然です。これまでとは違うゲームを始めたのですから、最初からうまくできなくても叱ることではありません。
決まった時間に決まったことをすればよい授業は、そつなくこなせる。しかし、正解があるとは限らない問題に、自分から働きかけて取り組むことは極めて苦手である。そのような学生は、どうしてもいます。これは能力がないというより、これまで十分に練習する機会がなかったという面もあります。だからこそ、卒論・修論という訓練の場が必要なのです。
就職後の仕事にも、正解は用意されていない
友人の会社役員は、高卒や高専卒の人を採用することもあるそうですが、仕事を任せてみると、やはり卒論・修論を経験した人の方が優秀で、とくに修論をきちんと仕上げた人は仕事を進める力がある、と話していました。
これは、修論のテーマがその会社の業務に直接役立ったという意味ではないでしょう。問題を整理し、必要なことを勉強し、試行錯誤し、行き詰まったら相談し、期限までに一つの成果としてまとめる。その一連の経験が仕事にもつながっているのだと思います。
実際の仕事でも、上司が問題と模範解答をセットで渡してくれるとは限りません。「売上が伸びない」「この作業に時間がかかる」「データはあるが何に使えるかわからない」といった曖昧な状況から、何が問題なのかを明らかにし、必要な情報を集め、解決策を試す必要があります。最初に試した方法が失敗することも、途中で目標や進め方を修正することもあります。
卒論・修論は、こうした正解のない仕事を、小さな規模ながら最初から最後まで経験する機会なのです。
研究の進め方と就職活動
私の体感でも、研究をこつこつと、そつなく進められる学生は、就職活動も比較的スムーズに終える印象があります。
一方で、研究についてうまく相談できない、指示を待つばかりで主体的に取り組めない、長い間進捗が止まってしまう学生は、就職活動でも苦労する傾向があるように感じます。もちろん、研究の進み方だけで就職活動の結果が決まるわけではありませんし、それぞれに事情があります。それでも、研究と就職活動に共通して必要な力は少なくありません。
- 現状を整理し、自分の言葉で説明する力
- わからないことを切り分け、適切に助けを求める力
- 自分で次の行動を考える力
- 締切から逆算して行動する力
- 失敗しても、次に試すことを考える力
- 相手に伝わる文章を書き、わかりやすく話す力
研究活動は、これらをまとめて鍛える場になっています。
わからなければ、1、2時間で相談する
岩崎研では、研究を始めた学生に、たとえば次のような助言をしています。
まず、1、2時間考えてもわからなければ、教員や先輩に質問すること。一人で何日も悩み続けることが主体性なのではありません。自分で考えたうえで、どこまでわかり、どこからわからないのかを整理し、周囲の力を借りる。適切に相談することも、研究を進めるための重要な技術です。
また、1週間ほとんど研究ができなかったとしても、それを隠す必要はありません。学生には、アルバイトも趣味も人付き合いもあります。いつでも研究だけに集中できるわけではありません。
「今週は何をしなかったのか」「なぜできなかったのか」「何につまずいたのか」「次に何ならできそうか」を共有できれば、それも次の行動につながる立派な進捗です。反対に、何も言わずに抱え込んでしまうと、周囲は困っていることさえ知ることができません。
そのため、その日に取り組んだこと、わかったこと、わからなかったこと、次に何ができればよいかを言語化し、Slackなどで共有するよう勧めています。うまく説明できないときも、「何がわかれば先に進めるのか」を言葉にし、人に話してみる。その過程で自分の理解が整理され、解決の糸口が見えることがあります。
これは研究室だけの作法ではありません。仕事における報告・連絡・相談も、本質的には同じです。
専門知識が直接役立つこともある
もちろん、研究室で学ぶ専門知識に意味がないわけではありません。最近は多くの業種でデータサイエンスに関係する業務があります。そのため、座学で確率・統計をしっかり勉強した経験や、経済学におけるデータサイエンスである計量経済学・実証産業組織論を学んだ経験が、仕事で直接役立つ場面も増えているようです。
岩崎研では、線形代数、基礎解析、統計を中心とした数学、Pythonなどを用いたプログラミング、ゲーム理論、計量経済学や実証産業組織論などを座学で学びます。研究でそのすべてを使うわけではありません。しかし、学部の講義では扱えなかったことを学び、学部で一度学んだことも復習し直して、理解を深めます。
何が将来直接役立つかを、学生の時点ですべて予測することはできません。だからこそ、個別の道具の使い方だけでなく、新しい道具を必要に応じて学べるだけの基礎を身につけることが大切です。
第三者が、一人で読んでも理解できる文章を書く
岩崎研でもう一つ重視しているのが、テクニカルライティングとプレゼンテーションです。卒論は一度書いて提出して終わりではありません。内容をブラッシュアップしながら、何度か書き直します。その過程で、論理的な文章を書く訓練を受けます。
仕事では、自分がその場にいなくても、第三者が読んで内容を理解できる文書を作る必要があります。報告書、提案書、仕様書、議事録、メールなどを書いた本人が、読み手の横に立って逐一説明できるとは限りません。必要な前提と根拠が文書の中にあり、第三者がそれだけを読んで、何がわかり、何を判断すべきなのかを理解できなければなりません。
これは、まさに論文が果たす役割と同じです。著者がいない場所でも、読者が論文を読み、問題設定、方法、結果、その意味を理解できるようにする。卒論・修論を書くことは、そのための練習になります。
文章を書き、推敲することは、自分の言語化能力も高めます。何を結論として伝えたいのか。その結論を納得してもらうために、相手は何を知っている必要があるのか。相手の前提知識に合わせて、どこから説明を始め、どの順番で根拠を示すべきか。書き直す過程で、こうしたことを考えるようになります。
「自分がやったこと」ではなく、「相手に何を伝えるか」
学生の発表でよくあるのが、相手が何を理解しているかを考えずに話してしまうことです。自分が読んだ論文、自分が書いたプログラム、自分が行った実験を、作業した順番に延々と並べる。しかし、肝心の結論が最後まで伝わらないことがあります。
論理があちらこちらに飛び、結局何を説明しているのかわからなくなることもあります。本人の頭の中ではすべてがつながっていても、聞き手は同じ前提知識や経験を共有しているとは限りません。
大切なのは、まず結論をしっかり定めることです。そのうえで、その結論に到達するために必要な説明を、相手の前提知識に合わせて組み立てる。情報を多く並べればよいのではなく、結論を支えるために必要十分な論理を、適切な順序で示す必要があります。
プレゼンテーションでも文章でも、「自分が何をしたか」だけではなく、「相手に何を理解してもらいたいか」を考える。この力も、卒論・修論を仕上げる過程で身につけてほしいものです。
卒論・修論に取り組む二つのご利益
以上をまとめると、卒論・修論に取り組むことで得られるご利益は、大きく二つです。
第一は、答えのわからない問いに、どう取り組むかを学べることです。
自分で問いを立て、必要なことを勉強し、方法を考え、試行錯誤し、うまくいかなければ相談する。必要なら問いそのものを修正し、限られた時間の中で成果にまとめる。この力は、就職後に正解のない仕事を進めるための土台になります。
第二は、得られた成果を、第三者にどう伝えるかを学べることです。
結論を定め、相手の前提知識を考え、必要十分な根拠を順序立てて示す。自分がいないところでも伝わる文章を書き、発表と質疑を通じて説明する。この力は、どのような仕事に就いても必要になります。
卒論・修論で研究した内容そのものを、就職後に使わないことはあるでしょう。というかそれがほとんどでしょう。しかし、研究を通じて身につけた問題への取り組み方と、成果の伝え方は、その後も使い続けます。「何を研究したか」だけでなく、研究をどのように進め、どのように伝えたかに、卒論・修論の大きな価値があります。
そして大学教員としては、実用的な能力を身につけるだけでなく、世界でまだ誰も知らないことを自分たちで少しずつ解き明かしていく営みを、好奇心をもって楽しんでもらえれば、なおうれしく思います。