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なぜ卒業論文や修士論文を書くのか――正解のない問題に取り組み、成果を伝えるための訓練

「卒業論文や修士論文で研究した内容が、就職してから直接役に立つことなんて、ほとんどないのではないか。それなら、もっと仕事ですぐ使える技術を教えてほしい」

そう思う学生さんは少なくないでしょう。その疑問はもっともです。卒論や修論で扱ったテーマそのものを、就職後もそのまま研究する人は一部です。研究で証明した定理や実験したアルゴリズムを、会社で直接使う機会はないかもしれません。

それでも、卒論や修論に取り組むことには大きな意味があります。卒論・修論は、特定の知識を身につけるためだけのものではありません。大きくいえば、次の二つの力を身につけるための実地訓練です。

  1. 答えのわからない問いに、どう取り組むか
  2. 得られた成果を、第三者にどう伝えるか

これらは研究者だけに必要な特殊技能ではなく、就職してから仕事を進めるうえでも重要な力です。

授業と研究では、ゲームのルールが違う

研究室に配属されるまで、大学での学びの中心は講義です。決まった時間に授業を受け、教科書や講義資料で勉強し、試験やレポートをこなし、基準を満たせば単位を得ます。難しい課題であっても、多くの場合は出題者が答えを知っています。何をいつまでにすればよいかも、あらかじめ示されています。

研究は、それとはかなり違います。

研究では、そもそも答えがあるのかもわからない問いを立てます。必要な知識を自分で調べ、どうすれば解けるかを考え、実際に試します。うまくいかなければ原因を探し、別の方法を試します。途中で、最初の問いが大きすぎた、すでに誰かが解いていた、あるいは問いの立て方そのものが適切でなかったとわかることもあります。その場合には、問いそのものを修正しなければなりません。

つまり研究とは、単に「与えられた問題の正解を出す」活動ではありません。何を問題にするのか、何を勉強するのか、次に何を試すのかまで含めて考える活動です。

この違いがあるため、3年次までの講義をきちんとこなしてきた学生でも、4年次から研究を始めると戸惑うことがあります。それは当然です。これまでとは違うゲームを始めたのですから、最初からうまくできなくても叱ることではありません。

決まった時間に決まったことをすればよい授業は、そつなくこなせる。しかし、正解があるとは限らない問題に、自分から働きかけて取り組むことは極めて苦手である。そのような学生は、どうしてもいます。これは能力がないというより、これまで十分に練習する機会がなかったという面もあります。だからこそ、卒論・修論という訓練の場が必要なのです。

就職後の仕事にも、正解は用意されていない

友人の会社役員は、高卒や高専卒の人を採用することもあるそうですが、仕事を任せてみると、やはり卒論・修論を経験した人の方が優秀で、とくに修論をきちんと仕上げた人は仕事を進める力がある、と話していました。

これは、修論のテーマがその会社の業務に直接役立ったという意味ではないでしょう。問題を整理し、必要なことを勉強し、試行錯誤し、行き詰まったら相談し、期限までに一つの成果としてまとめる。その一連の経験が仕事にもつながっているのだと思います。

実際の仕事でも、上司が問題と模範解答をセットで渡してくれるとは限りません。「売上が伸びない」「この作業に時間がかかる」「データはあるが何に使えるかわからない」といった曖昧な状況から、何が問題なのかを明らかにし、必要な情報を集め、解決策を試す必要があります。最初に試した方法が失敗することも、途中で目標や進め方を修正することもあります。

卒論・修論は、こうした正解のない仕事を、小さな規模ながら最初から最後まで経験する機会なのです。

研究の進め方と就職活動

私の体感でも、研究をこつこつと、そつなく進められる学生は、就職活動も比較的スムーズに終える印象があります。

一方で、研究についてうまく相談できない、指示を待つばかりで主体的に取り組めない、長い間進捗が止まってしまう学生は、就職活動でも苦労する傾向があるように感じます。もちろん、研究の進み方だけで就職活動の結果が決まるわけではありませんし、それぞれに事情があります。それでも、研究と就職活動に共通して必要な力は少なくありません。

  • 現状を整理し、自分の言葉で説明する力
  • わからないことを切り分け、適切に助けを求める力
  • 自分で次の行動を考える力
  • 締切から逆算して行動する力
  • 失敗しても、次に試すことを考える力
  • 相手に伝わる文章を書き、わかりやすく話す力

研究活動は、これらをまとめて鍛える場になっています。

わからなければ、1、2時間で相談する

岩崎研では、研究を始めた学生に、たとえば次のような助言をしています。

まず、1、2時間考えてもわからなければ、教員や先輩に質問すること。一人で何日も悩み続けることが主体性なのではありません。自分で考えたうえで、どこまでわかり、どこからわからないのかを整理し、周囲の力を借りる。適切に相談することも、研究を進めるための重要な技術です。

また、1週間ほとんど研究ができなかったとしても、それを隠す必要はありません。学生には、アルバイトも趣味も人付き合いもあります。いつでも研究だけに集中できるわけではありません。

「今週は何をしなかったのか」「なぜできなかったのか」「何につまずいたのか」「次に何ならできそうか」を共有できれば、それも次の行動につながる立派な進捗です。反対に、何も言わずに抱え込んでしまうと、周囲は困っていることさえ知ることができません。

そのため、その日に取り組んだこと、わかったこと、わからなかったこと、次に何ができればよいかを言語化し、Slackなどで共有するよう勧めています。うまく説明できないときも、「何がわかれば先に進めるのか」を言葉にし、人に話してみる。その過程で自分の理解が整理され、解決の糸口が見えることがあります。

これは研究室だけの作法ではありません。仕事における報告・連絡・相談も、本質的には同じです。

専門知識が直接役立つこともある

もちろん、研究室で学ぶ専門知識に意味がないわけではありません。最近は多くの業種でデータサイエンスに関係する業務があります。そのため、座学で確率・統計をしっかり勉強した経験や、経済学におけるデータサイエンスである計量経済学・実証産業組織論を学んだ経験が、仕事で直接役立つ場面も増えているようです。

岩崎研では、線形代数、基礎解析、統計を中心とした数学、Pythonなどを用いたプログラミング、ゲーム理論、計量経済学や実証産業組織論などを座学で学びます。研究でそのすべてを使うわけではありません。しかし、学部の講義では扱えなかったことを学び、学部で一度学んだことも復習し直して、理解を深めます。

何が将来直接役立つかを、学生の時点ですべて予測することはできません。だからこそ、個別の道具の使い方だけでなく、新しい道具を必要に応じて学べるだけの基礎を身につけることが大切です。

第三者が、一人で読んでも理解できる文章を書く

岩崎研でもう一つ重視しているのが、テクニカルライティングとプレゼンテーションです。卒論は一度書いて提出して終わりではありません。内容をブラッシュアップしながら、何度か書き直します。その過程で、論理的な文章を書く訓練を受けます。

仕事では、自分がその場にいなくても、第三者が読んで内容を理解できる文書を作る必要があります。報告書、提案書、仕様書、議事録、メールなどを書いた本人が、読み手の横に立って逐一説明できるとは限りません。必要な前提と根拠が文書の中にあり、第三者がそれだけを読んで、何がわかり、何を判断すべきなのかを理解できなければなりません。

これは、まさに論文が果たす役割と同じです。著者がいない場所でも、読者が論文を読み、問題設定、方法、結果、その意味を理解できるようにする。卒論・修論を書くことは、そのための練習になります。

文章を書き、推敲することは、自分の言語化能力も高めます。何を結論として伝えたいのか。その結論を納得してもらうために、相手は何を知っている必要があるのか。相手の前提知識に合わせて、どこから説明を始め、どの順番で根拠を示すべきか。書き直す過程で、こうしたことを考えるようになります。

「自分がやったこと」ではなく、「相手に何を伝えるか」

学生の発表でよくあるのが、相手が何を理解しているかを考えずに話してしまうことです。自分が読んだ論文、自分が書いたプログラム、自分が行った実験を、作業した順番に延々と並べる。しかし、肝心の結論が最後まで伝わらないことがあります。

論理があちらこちらに飛び、結局何を説明しているのかわからなくなることもあります。本人の頭の中ではすべてがつながっていても、聞き手は同じ前提知識や経験を共有しているとは限りません。

大切なのは、まず結論をしっかり定めることです。そのうえで、その結論に到達するために必要な説明を、相手の前提知識に合わせて組み立てる。情報を多く並べればよいのではなく、結論を支えるために必要十分な論理を、適切な順序で示す必要があります。

プレゼンテーションでも文章でも、「自分が何をしたか」だけではなく、「相手に何を理解してもらいたいか」を考える。この力も、卒論・修論を仕上げる過程で身につけてほしいものです。

卒論・修論に取り組む二つのご利益

以上をまとめると、卒論・修論に取り組むことで得られるご利益は、大きく二つです。

第一は、答えのわからない問いに、どう取り組むかを学べることです。

自分で問いを立て、必要なことを勉強し、方法を考え、試行錯誤し、うまくいかなければ相談する。必要なら問いそのものを修正し、限られた時間の中で成果にまとめる。この力は、就職後に正解のない仕事を進めるための土台になります。

第二は、得られた成果を、第三者にどう伝えるかを学べることです。

結論を定め、相手の前提知識を考え、必要十分な根拠を順序立てて示す。自分がいないところでも伝わる文章を書き、発表と質疑を通じて説明する。この力は、どのような仕事に就いても必要になります。

卒論・修論で研究した内容そのものを、就職後に使わないことはあるでしょう。というかそれがほとんどでしょう。しかし、研究を通じて身につけた問題への取り組み方と、成果の伝え方は、その後も使い続けます。「何を研究したか」だけでなく、研究をどのように進め、どのように伝えたかに、卒論・修論の大きな価値があります。

そして大学教員としては、実用的な能力を身につけるだけでなく、世界でまだ誰も知らないことを自分たちで少しずつ解き明かしていく営みを、好奇心をもって楽しんでもらえれば、なおうれしく思います。

研究テーマ選びから卒論・学会発表・就職まで――岩崎研究室での一年半

はじめに

研究室に配属された直後から、自分だけで卒業研究のテーマを決められる人は多くありません。興味のある分野があっても、研究として何を明らかにするのか、限られた時間でどこまで実行できるのかを判断するには経験が必要です。

岩崎研究室では、輪読会やミニプロジェクトで基礎を学び、手を動かしながら研究テーマを見つけます。その成果を卒業論文だけで終わらせず、複数の学会原稿と発表に展開し、理解を深めます。

この記事では、配属から卒業論文、学会発表、その後の進路までの流れを紹介します。日程は2025年の説明会時点の例であり、年度によって変更されます。

最初はミニプロジェクトから始める

配属後の3月から7月ごろは、輪読会と並行してミニプロジェクトに取り組みます。まず手を動かせば結果を確認できる題材を選び、プログラムを実行し、得られた結果をまとめるところまでを経験します。先輩が取り組んでいる研究テーマの一部を手伝う場合もあります。

ミニプロジェクトが自分に合っていれば、そのまま卒業研究に発展させることがあります。合わないと感じた場合は、別の方向を相談します。早い段階で小さく試すことで、テーマとの相性を確認できます。

卒業研究のテーマは一緒に選ぶ

卒業研究の段階では、研究室側が候補を選び、学生と相談しながら取り組む内容を決めるのが通常です。代表的な進め方には、次のようなものがあります。

  • プログラムを動かし、実験結果を取得してまとめる
  • 先生と一緒に論文を読み、数学的な分析を進める
  • インターンで実際のデータを扱う(原則として修士1年以降)

自分で取り組みたいテーマを提案することも歓迎します。ただし、最初は岩崎研究室における研究の進め方を学んでほしいと考えています。面白いアイデアがあっても、関連研究との関係や、結果を検証する方法が明確でなければ、他の研究者に読んでもらえる成果にはなりません。

研究の問いを立て、関連研究を調べ、方法を選び、結果を説明するという基本的な作法を身につけたうえで、自分の関心を研究にしていきます。

複数のテーマに取り組むこともある

一人が複数のテーマに取り組む場合もあります。たとえば、研究の進め方を学ぶためのテーマと、自分が特に取り組みたいテーマを並行させることができます。

研究は、始める前にどのテーマがうまくいくかを完全には予測できません。一つのテーマで行き詰まったとき、別のテーマに取り組むことが気分転換になり、新しい視点を得られる場合もあります。ただし、作業が分散しすぎないよう、進捗や締切を見ながら相談して進めます。

卒業論文を学会発表につなげる

岩崎研究室では、外部発表の締切を研究の節目として利用します。2025年の説明会では、おおよそ次の流れを紹介しました。

  • 12月:情報処理学会全国大会(IPSJ)への申込み
  • 1月:IPSJ予稿の締切(A4で2ページ)
  • 2月:卒業論文の締切、人工知能学会全国大会(JSAI)原稿の締切(A4で4ページ)
  • 3月:IPSJで発表
  • 5月:情報科学技術フォーラム(FIT)への申込み
  • 6月:FIT原稿の締切(A4で8ページ)、JSAIで発表
  • 9月:FITで発表

まずIPSJの2ページ原稿を作ることで、研究の目的、方法、結果という骨格を整理します。その骨格を使って、ページ制限のない卒業論文に、実施した内容を詳しく書きます。次に、卒業論文を要約する形でJSAIの4ページ原稿を作り、さらに卒業論文とJSAI原稿を材料として、FITの8ページ原稿へ発展させます。

同じ研究を異なる長さで書き、複数回発表することには意味があります。説明を繰り返すたびに、重要な点と説明が不足している点が見えてきます。それにより内容や記述を洗練させ、分析や考察を加えながら、よい論文に近づけていくことを目標とします。発表後の質問やコメントも、研究を理解し直す材料になります。

修士課程では早めに修論相当の成果をつくる

修士課程へ進む場合は、修士1年の夏ごろまでに修士論文に相当する成果をまとめることを目標にします。最低限必要な成果を早めに確保することで、その後はよりチャレンジングな研究に取り組みやすくなります。

締切直前に一度だけ大きな成果を出すのではなく、小さな原稿と発表を繰り返しながら研究を育てていく方針です。

修了後の進路

研究室修了生の就職先は、IT系企業が中心です。2025年の説明会資料では、次の就職先を紹介しました。

  • 2019年:富士通
  • 2020年:SCSK
  • 2021年:日立製作所、パナソニックを経てサイバーエージェント
  • 2022年:修了生なし
  • 2023年:アイ・システム、アズビル
  • 2024年:アイ・システム2名、オークネット
  • 2025年:Amazon Web Services、アイ・システム、DATUM STUDIO

研究室で扱う数学、プログラミング、データ分析、英語、文章作成は、特定の職種だけに対応するものではありません。未知の問題を整理し、手を動かして確かめ、結果を説明するという研究の進め方そのものが、修了後にも利用できる力になります。

おわりに

岩崎研究室での卒業研究は、最初から大きなテーマを一人で完成させる形ではありません。輪読会とミニプロジェクトから始め、研究テーマを相談し、小さなアウトプットを積み重ねます。その成果を卒業論文、学会原稿、発表へと繰り返し展開することで、研究への理解を深めます。

研究テーマがまだ決まっていない人でも構いません。どのような問題に興味があるか、数学とプログラミングのどちらに取り組んでみたいかなど、現在考えていることから相談してください。

なお、学会の締切、輪読会の予定、インターン制度、就職実績などは更新されます。配属を検討している人は、最新の説明会資料や研究室見学で確認してください。

ゼミではどんな本を読む?――岩崎研究室の学習ロードマップ

はじめに

ゲーム理論、経済学、最適化、統計、AIを研究するためには、幅広い知識が必要です。しかし、最初から専門論文だけを読んでも、数式の意味や議論の流れを十分に理解できないことがあります。

岩崎研究室の輪読会では、証明の読み書き、統計、経済学、意思決定などを段階的に学びます。この記事では、2025年の説明会資料で紹介した本を、学ぶ目的ごとに紹介します。年度によって扱う本は変わりますが、どのような力を身につけようとしているかは共通しています。

数学の文章を読むための本

How to Read and Do Proofs

Daniel Solow, How to Read and Do Proofs: An Introduction to Mathematical Thought Processes, 6th Edition, John Wiley & Sons, 2013, ISBN 978-1-118-16402-0.

数式を計算できることと、数学の証明を読んだり書いたりできることは同じではありません。証明では、何を前提として、何を示そうとしているのかを整理し、結論までの論理を一つずつつなぐ必要があります。

『How to Read and Do Proofs』では、証明に現れる基本的な考え方を学びます。英語の数学書を読む練習にもなりますが、目的は英単語を覚えることだけではありません。定義、仮定、主張を区別し、数式を含む文章を正確に読むための基礎をつくります。

証明の書き方については、松井知己『だれでも証明が書ける:眞理子先生の数学ブートキャンプ』日本評論社、2010年、ISBN 978-4-535-78630-1も副読本として利用します。日本語で証明の構造を確認したいときに役立ちます。

データを扱うための本

入門統計解析

倉田博史・星野崇宏『入門統計解析』新世社、2009年、ISBN 978-4-88384-140-0。現在は第2版も刊行されています。

実験やデータ分析では、得られた数値を並べるだけでなく、そこから何を結論としてよいかを考える必要があります。『入門統計解析』では、統計的な考え方と基本的な分析手法を学びます。

大学生のための経済学の実証分析

千田亮吉・加藤久和・本田圭市郎・萩原里紗『大学生のための経済学の実証分析』日本評論社、2023年、ISBN 978-4-535-55999-8。

経済学の問いをデータで検討するための本です。分析手法を覚えるだけでなく、「どのようなデータがあれば問いに答えられるか」「得られた結果をどのように解釈するか」を考えます。

統計学への確率論、その先へ

清水泰隆『統計学への確率論、その先へ:ゼロからの測度論的理解と漸近理論への架け橋 第2版』内田老鶴圃、2021年、ISBN 978-4-7536-0125-7。

統計手法の背後には確率論があります。公式を使うだけでなく、なぜその方法が成り立つのかを理解するために、確率から統計へのつながりを学びます。

社会の評価や順位を考える本

レイティング・ランキングの数理

Amy N. Langville・Carl D. Meyer著、岩野和生ほか訳『レイティング・ランキングの数理:No.1は誰か?』共立出版、2015年、ISBN 978-4-320-12390-8。

スポーツ、ゲーム、推薦サービスなどでは、対戦結果や評価から参加者の強さや順位を決める場面があります。しかし、対戦相手や試合数が異なる参加者を単純に勝率だけで比べてよいとは限りません。

レイティングやランキングを数理的に考えることは、ゲーム理論、統計、アルゴリズムが交わる題材の一つです。身近な例からモデルを考えられるため、数理的な研究の入口にもなります。

経済学と意思決定を考える本

2025年の説明会時点では、次年度に『意思決定理論』と『実証ビジネス・エコノミクス』を扱う予定としていました。

林貴志『意思決定理論』知泉書館、2020年、ISBN 978-4-86285-314-1は、不確実な状況で人がどのように選択するか、その選択をどのような基準で表現するかを考える教科書です。

上武康亮・遠山祐太・若森直樹・渡辺安虎『実証ビジネス・エコノミクス』日本評論社、2025年、ISBN 978-4-535-54081-1は、価格設定、新商品の導入、新規事業への参入などを題材に、ビジネスで使われる実証手法を学ぶ本です。いずれも、社会やビジネスの問題を経済学やゲーム理論につなげるための基礎になります。

経済学の考え方に慣れるための副読本として、次の本も紹介しています。

研究テーマを探す段階では、教科書だけでなく、一般向けの本を読むことも役立ちます。具体的な社会問題から、ゲーム理論やマーケットデザインが何を考えているのかを知ることができるためです。

文章を書くための本

研究では、理解した内容や実験結果を文章にまとめなければなりません。副読本として、小田宗兵衛「レポートの書き方」(2011年改訂版)も挙げています。

よい文章を書くには、表現を整えるだけでなく、問い、方法、結果、結論の関係を明確にする必要があります。輪読会の発表資料、研究報告、学会原稿、卒業論文と、形を変えながら繰り返し文章を書くことで身につけます。

本を読み終えることだけが目標ではない

輪読会の目的は、予定したページをすべて読み終えることだけではありません。担当する内容を理解し、他の人に説明することが目標です。

内容が多すぎる場合には、重要度に応じて扱う範囲を調整します。一方で、何が重要かわからない段階では、省略してはいけない部分を省略してしまうこともあります。その判断も含めて、発表とフィードバックを通して学びます。

理解できなかった部分があっても構いません。どこまではわかり、どこからわからないのかを説明できれば、次に確認すべきことが明確になります。

おわりに

岩崎研究室の輪読会では、一冊の本を読んで知識を増やすだけでなく、数学の議論を読み、具体例を考え、スライドにまとめ、自分の言葉で説明する練習を行います。

扱う本は年度によって変わります。配属を検討している人は、最新の輪読予定について説明会や見学の際に確認してください。

朝会・輪読会・小さなフィードバック――岩崎研究室の一週間

はじめに

研究室に配属されると、授業のように毎週決まった課題が与えられるとは限りません。自分で考える時間が増える一方で、何から手をつければよいかわからない状態にもなりやすくなります。

岩崎研究室では、朝会、朝会後の研究談義、ミーティング、輪読会を組み合わせ、困っている状態を長く放置しないようにしています。この記事では、研究室での一週間と、研究を前に進めるために大切にしていることを紹介します。

平日8時45分からの朝会

平日の8時45分から9時までは朝会です。主な内容は英語のリスニングと発音の練習です。

英語は、週末にまとめて長時間勉強するより、短時間でも繰り返し触れることが重要です。同じ音声を反復して聞き、聞き取れる表現を増やします。発音を確認することで、自分が発音できない音は聞き取りにくいことにも気づけます。

リスニング教材には、Cambridge University Pressの「Interchange Fourth Edition Class Audio」も使います。Intro、Level 1、Level 2、Level 3の音声が公開されており、ネイティブ話者と非ネイティブの流暢な話者による自然な会話をMP3形式で聞くことができます。朝会では、短い音声を繰り返し聞き、聞き取れなかった箇所を確認しながら、リスニングと発音の両方を練習します。

発音の参考資料として、小野浩司「日本人英語:英語発音の実態とその矯正法」をお勧めしています。『佐賀大学文化教育学部研究論文集』第17巻第1号、57–78頁、佐賀大学文化教育学部、2012年8月に掲載された論文です。日本語と英語の音の違い、口や舌をどのように使って英語の音をつくるかなどを確認するための資料にしています。

研究に必要な英語を一度に身につけることはできません。毎日15分という小さな単位で継続し、英語の教科書や論文を読むための土台をつくります。

朝会後の研究談義

9時から9時15分ごろまでは、研究や学習について困っていることがないかを確認します。形式的な進捗報告会ではなく、「次にどう手を動かせばよいかわからない」という状態を見つけるための時間です。

研究では、問題を完全に整理してから相談しようとすると、その整理だけで何日も止まってしまうことがあります。まとまっていなくても、何を試し、どこで止まったかを話すことで、次の一手が見つかることがあります。

先輩や同期が先生と話している内容を聞くことにも意味があります。どの程度の進捗で相談するのか、質問にどう答えるのか、次の作業をどう決めるのかを知ることで、研究のリズムをつかめます。

進捗に応じたミーティング

個別のミーティングは、研究の進捗や締切に応じて、毎週または隔週で行います。一律に同じ頻度ではなく、論文の締切が近いとき、方針を決めたいとき、しばらく自分で作業を進められるときなど、状況に合わせて調整します。

ミーティングでは、完成した成果だけを見せる必要はありません。途中のスライド、動きかけのプログラム、読んでいて理解できなかった箇所なども重要な材料です。早い段階で小さなフィードバックを受けるほど、大きく方向を間違える可能性を減らせます。

輪読会という名のゼミ

輪読会は、主に水曜・木曜の3限に行います。例年、3月から7月、10月から11月ごろに実施し、大学院入試の勉強期間は中断します。

輪読会では、担当箇所を読んでスライドを作り、他のメンバーに説明します。理想は、内容を十分に理解し、必要に応じて具体例や別の文献も調べ、1時間から1時間半で説明できるように準備することです。内容が多い場合は、重要度に応じて扱う範囲を調整します。

ただし、最初から理想どおりにできる人はほとんどいません。実際には、次のような問題が起こります。

  • どこまで理解できているかを自分で判断できない
  • 前提から結論までの論理をうまく説明できない
  • 内容の優先順位がわからない
  • 省略してはいけない部分を省略してしまう
  • スライドを作ったものの、自分の言葉で説明できない

その場合は、わかることとわからないことを区別して説明します。前年に同じ本を扱っていれば、先輩のスライドも参考にできますが、そのまま読むのではなく、自分の言葉で説明できる状態を目指します。必要であれば次回に持ち越し、スライドの作り方も含めて全員で理解を深めます。

雑でもよいので、小まめにアウトプットする

岩崎研究室で研究を進めるうえで、最も大切な習慣の一つが、小まめにアウトプットを共有することです。

時間をかければ必ずよい成果になるわけではありません。やり方をつかめていない状態で長く作業を続けると、時間をかけた分だけ修正も大きくなることがあります。まずは雑でもよいので、考えたこと、試したこと、できたところまでを見せてください。

よいアウトプットの仕方は、アウトプットをつくり、コメントを受け、直すことによって身につきます。研究報告や発表資料も、本番の直前ではなく、早めに先生や先輩に見てもらう習慣をつけることが大切です。

おわりに

朝会の目的は、学生を毎朝集めることだけではありません。英語を反復して学び、研究の困りごとを早く見つけ、次に行う作業を明確にするための時間です。輪読会やミーティングも、同じように小さなアウトプットとフィードバックを繰り返す場です。

研究室をうまく使うには、先生や先輩に早めに相談し、他のメンバーの会話にも耳を傾けてください。しょうもない質問、くだらない質問というものはありません。わからないことを共有するところから研究が始まります。

岩崎研究室に向いている人――研究室との相性と指導方針

はじめに

研究室を選ぶときは、研究テーマだけでなく、日々の進め方や指導方針との相性も重要です。興味のある分野でも、活動のリズムや期待される姿勢が合わなければ、研究を続けることが苦しくなるかもしれません。

この記事では、岩崎研究室がどのような人に来てほしいと考えているか、また研究がうまく進まないときにどのような指導をするかを率直に紹介します。

社会の出来事を数理的に考えてみたい人

岩崎研究室に最も向いているのは、社会の事象や課題、人の意思決定やインセンティブを数理的に考えることに興味がある人です。

ゲーム理論と経済学、オペレーションズ・リサーチ基礎などの授業を面白いと感じた人は、研究テーマとの接点を見つけやすいと思います。一方で、関連する授業をすべて履修していることを前提にはしていません。オペレーションズ・リサーチ第二を履修していない人や、メディア情報学プログラムで学んでいる人でも、数理を考えることが好きであれば歓迎します。

研究室に入る時点で、必要な知識をすべて身につけている人はいません。大切なのは、わからないことを学び直しながら、問題を少しずつ理解しようとする姿勢です。

英語は得意でなくてもよい

研究では、英語の教科書や論文を読む機会があります。そのため英語を避け続けることはできませんが、研究室に入る時点で英語が得意である必要はありません。

英語は苦手でも、嫌いではない人に来てほしいと考えています。平日の朝会では毎日少しずつリスニングに取り組みます。一度に完璧に理解するのではなく、同じ内容を反復し、聞き取れる表現や使える文法を増やしていきます。

英語に限らず、研究室では「最初からできること」よりも、「反復してできるようになること」を重視します。

知らないことや、うまくできないことでは怒らない

研究を始めると、教科書を読んでも理解できない、プログラムが動かない、何を報告すればよいかわからない、ということが頻繁に起こります。

知らないこと、わからないこと、うまくできないことについて、最初からできるように求めることはありません。まずはやり方を説明し、何がわかれば次に進めるのかを一緒に確認します。一回や二回でできるのであれば、そもそも苦労はしません。小さなフィードバックを繰り返しながら、できる範囲を広げていきます。

また、「わかった」という状態を正確に理解することも大切です。説明を聞いて納得したことと、自分で説明したり使ったりできることは同じではありません。発表やアウトプットを通して、どこまで理解できているかを確かめます。

「気をつけます」だけでは改善しない

一方で、すでにできるとわかっていることを行わなかった場合や、同じミスを繰り返した場合には、原因と対策を考えてもらいます。

「次から気をつけます」「頑張ります」だけでは、具体的な行動が変わらないためです。締切をカレンダーに登録する、発表の数日前に原稿を共有する、作業を小さく分けて途中で相談するなど、ミスを繰り返さないための行動に置き換える必要があります。

岩崎研の厳しさの基準は、失敗したかどうかではなく、失敗から次の行動を変えようとしているかどうかです。

授業やインターンとの調整

授業やインターンに参加すること自体を制限することはありません。研究室の活動と調整し、事前に計画を立てて進めてもらえれば問題ありません。

研究室で、いつ、どのような活動を行うかはできるだけ早く共有します。研究室の締切と授業やインターンの予定が重なりそうな場合は、直前まで抱え込まず、早めに相談してください。予定を共有できれば、作業の順序や締切を調整できる場合があります。

岩崎研究室が合いそうな人

まとめると、次のような人には岩崎研究室が合いやすいと思います。

  • 人や組織のインセンティブや意思決定を数理的に考えてみたい
  • わからないことを質問し、少しずつ理解する習慣をつけたい
  • 英語が得意ではなくても、継続して勉強したい
  • 途中の成果を見せ、フィードバックを受けながら進めたい

反対に、研究の途中経過をほとんど共有せず、一人だけで完成まで進めたい人には、朝会や小まめなフィードバックが多いと感じられるかもしれません。

おわりに

研究室選びでは、「自分が興味を持てるテーマを扱っているか」だけでなく、「困ったときにどのように相談できるか」「どのような行動が期待されるか」も確認することをおすすめします。

岩崎研究室では、できないことを責めるのではなく、できるようになるための具体的な行動を一緒に考えます。その代わり、わからない状態を放置せず、早めに相談し、アウトプットを見せることを求めます。

岩崎研究室では何を学ぶのか――ゲーム理論からAIまで

はじめに

研究室を選ぶとき、「どのような研究をしているか」と同じくらい、「そこで何を身につけられるか」は大切です。

岩崎研究室では、ゲーム理論、経済学、最適化、アルゴリズムなどを学びながら、社会やビジネスの課題を数理的に考えます。数学だけ、プログラミングだけという研究室ではありません。数理モデルをつくり、アルゴリズムとして実装し、得られた結果を文章や発表で伝えるところまでを扱います。

この記事では、岩崎研究室で扱う分野と、研究活動を通して身につけてほしい力を紹介します。

インセンティブを数理的に考える

岩崎研究室の中心にあるのは、人や組織のインセンティブを数理的に理解することです。

たとえば、限られたものを誰にどのように配分すればよいでしょうか。参加者がそれぞれ異なる希望や目的(インセンティブ)を持っているとき、単純な先着順や抽選がいつも望ましいとは限りません。参加者がどのように行動するかまで考えたうえで、制度やルールを設計する必要があります。

このような問題を考えるために、次の分野を横断して学びます。

  • ゲーム理論・経済学
  • 最適化・アルゴリズム
  • 統計
  • プログラミング

これらは別々の分野ではなく、研究の中で結びつきます。問題を数式で表し、性質を証明し、プログラムを動かして検証し、結果を解釈するという流れです。

オークションとマッチング

研究分野の代表的な実践例として、オークションとマッチングがあります。

オークションは、単に最も高い金額を示した人に商品を売る仕組みだけではありません。周波数オークション、国債の販売、検索サービスのキーワード広告など、大規模な制度の中でも使われています。誰がどのような情報を持ち、どのように入札するかによって、結果や望ましさが変わります。

マッチングは、希望を持つ複数の参加者をどのように組み合わせるかを考える分野です。研修医と病院、児童・生徒と学校、臓器提供者と移植希望者などが例として挙げられます。参加者の希望を尊重しながら、制度全体として納得できる組合せを見つけることが課題になります。

オークションやマッチングの研究は、理論をつくるだけで終わりません。現実の制度やサービスにどのように応用するかまで考える点に特徴があります。これらの研究分野はマーケットデザインとも呼ばれ、経済学だけでなく、AI分野でも盛んに研究されています。

「きちんとわかる」ために

ゲーム理論やAI、データサイエンスの技術を使うだけであれば、便利なライブラリや解説記事を探すことで動かせる場合があります。しかし、研究では「なぜその結果になるのか」「どのような条件でうまくいくのか」を説明しなければなりません。

そのため、岩崎研究室では「きちんとわかる」ことを目標に、反復して学びます。

数学では、証明の考え方やデータサイエンスの基礎を学びます。最初から難しい英語の専門書だけを読むのではなく、入門書、初級の教科書、英語の教科書へと段階的に進みます。

プログラミングでは、教科書や論文に書かれた内容を実際に動かし、再現実験を行います。実装してみることで、文章や数式を読んだだけでは気づかなかった前提や疑問が見えてきます。

英語については、平日の朝会で毎日15分ほどリスニングに取り組みます。一度に長時間勉強するのではなく、短い時間でも継続し、研究に必要な英語に少しずつ慣れていきます。

研究を伝える力も身につける

研究成果は、自分だけが理解していればよいものではありません。論文やレポートにまとめ、発表し、他の人から質問やコメントをもらう必要があります。

岩崎研究室では、数学やプログラミングと並んで、英語、文書の書き方、発表の仕方も重視します。何を行い、何がわかり、どこがまだわからないのかを説明する力は、研究にも、研究室を離れた後の仕事にも必要です。

おわりに

岩崎研究室で目指しているのは、特定の技術だけを使えるようになることではありません。社会やビジネスの課題を見つけ、数理モデルとして考え、プログラムで確かめ、結果を他の人に伝えるという一連の力を身につけることです。

ゲーム理論や経済学に興味がある人はもちろん、人の意思決定や社会の制度を数学とプログラミングで考えてみたい人にも、取り組みやすい研究分野だと思います。

2021年研究室紹介予定

岩崎研究室の研究紹介予定です.

https://sites.google.com/site/a2ciwasaki/

原則としてオンラインで行います.

  • 在来生研修会
    • 11月5日18:00~20:00
    • URLは在来生研修の案内を見てください.
    • 使用したスライドはこちら

www.slideshare.net

  • 公開ゼミ

    • ゼミ終了後30分程度,在学生を交えて雑談します.
    • 11月17日13:30~15:00,内容はデータ分析です.
    • 11月18日14:40~16:00,内容は英語のライティングです.
    • URLはatsushi.iwasaki@uec.ac.jpまでお問い合わせください.
  • 調布祭(11月20,21日)

    • 20日両日とも15:30~16:00で紹介と雑談をします.
    • URLはatsushi.iwasaki@uec.ac.jpまでお問い合わせください.
    • 21日は諸事情で中止になりました.個別に面談を希望する方はご連絡ください.